プロフィール

1986年2月22日、長野県東筑摩郡山形村に生まれる。家族の愛情を受け、すくすくと育つ。村立の山形小学校に入学。本を読むことが好きで、祖母からプレゼントされた図鑑などを熱心に読んだ。自然豊かな環境で、しばしば友人と生き物を捕まえにいった。カブト虫、ノコギリクワガタ、アゲハチョウ、オタマジャクシやイモリなど様々な生き物を育てた。中学校では演劇部に入り、友人とコントを作った。人間味あふれる先生と出会い、先生の出身大学である立命館に憧れを抱く。

高校では弓道部に入部。中りはあまりよくなかったが、弐段になるまで上達した。毎日部室に入り浸り、冬はストーブのない部室で友達と寒さに震えながら弁当を食べた。物理学の授業を受け、難しいと思ったが、「難しいからこそ、挑戦する価値がある」と勉強しているうちに好きになり、物理学科に進学することを決意する。1年浪人して立命館大学に入学。

大学では講義の他に、友人とゼミを開くなどして物理学の勉強をする。葉書1枚に書けるくらいの基本的な法則から、多くの自然現象を説明できることを知り、感銘を受ける。また、社会科学の研究サークルに入って労働問題や日米関係、資本論などを勉強した。大学に入学した年には、小泉政権によって郵政民営化がなされるなど、アメリカの要求に従って新自由主義的な改革が行なわれた。青年の雇用問題も深刻化し、京都市内では円山青年一揆が行なわれた。「いまの日本社会は何かおかしいぞ」と思っていたときに日本共産党と出会って入党した。大学5年生のときに京都府学生自治会連合で学費や就職難の問題に取り組む。大阪大学大学院理学研究科物理学専攻に進学し、放射線を用いた物理学の研究(メスバウアー分光)に取り組む。

大学や大学院の同期で研究者を目指す人は沢山いたが、社会を変えようと活動をする人は少ないことを感じ、共産党の専従になる決意を固める。大学院で学びながら、日本共産党京都府委員会の青年学生部でアルバイト専従として働く。福島第一原発の事故をきっかけに、原発をなくそうという国民的な運動が盛り上がるなか、国政では原発の再稼働が行なわれようとしていることに怒りを覚え、国政を変えようと奮闘中。

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